【Cellid 五十嵐常勤監査役インタビュー】
専門性や資格に頼らずに自分自身をアップデートし続ける、弁護士監査役の思考とは
Cellid株式会社
常勤監査役 五十嵐 沙織
弁護士の五十嵐さんは、経営コンサルタント、企業内弁護士などのさまざまな職種を経て監査役の世界に入られたというご経験の持ち主。
法律の専門性だけに頼らず新しいことをキャッチアップしていく中で、スタートアップの支援に強みを持つようになっていったその経緯やお考えについて伺いました。
最終更新日 2024.3.26
※役職はインタビュー実施日現在のものです。
法律事務所、経営コンサルタント……たどり着いたスタートアップの面白さ
弁護士になられて、初めはどのようなお仕事をされていたのですか。
弁護士登録後、最初は法律事務所に就職し、いわゆる勤務弁護士の仕事をしていました。
その中で、ある会社の人事制度に関するプロジェクトでコンサルタントの方と協業する機会があったのですが、弁護士側が出来上がった制度に対してリーガルチェックをするという立場だったのに対し、コンサルタントの方はシミュレーションや設計の段階から関わって、経営層と日々議論を重ねて制度を作り上げていくという仕事の仕方をされていて、なんて面白そう! と思ったんです。
そこで私もチャレンジしたいと思い、未経験ではありましたが、経営コンサルタントとして野村総合研究所に転職しました。
法律事務所から経営コンサルタントとは、思い切ったキャリアチェンジですね。
そうですね。その時の野村総合研究所には、弁護士資格を持つ人は誰もいなかったので、少々異色の存在だったかもしれません。
弁護士としての知識や知見を、もっと経営に寄り添う形で提供したい、伴走することでより経営陣の意思決定に関与していきたいと考えるようになったのが転職の理由です。
とはいえ、最初にいた法律事務所は人事労務系の案件や使用者側の労働事件を多く扱う事務所だったので、そこでの経験も活かしつつ、人事制度の改定などの業務を中心に、法律が関わるプロジェクトなどにアサインしていただいていました。
その後は、企業内弁護士も経験されているのですね。
はい、いわゆる企業の法務部で働くということも弁護士の実務経験の一つとして重要と考え、freee株式会社に転職しました。
当時、freeeは上場直前期(※)でしたから、入社後一年ぐらいは、上場準備が中心的な業務でした。
証券会社やIPOコンサルタントの方々とミーティングをして、その回答を提示するという、その時期にしかない特殊な業務ばかりしていたように思います。
※freee株式会社は、2019年12月17日に東京証券取引所マザーズに上場
IPOに関わる前提で転職されたのですか。
いいえ、もともとfreeeに転職したのは、働きやすそうな会社だからというくらいの理由で、実はIPOやスタートアップということには全然関心がなかったんです。
ですが、私自身も準備に関わって会社が上場したことで、皆で一緒に大きなプロジェクトをやり遂げたという達成感がありました。
皆で一致団結して一つの目標に向けて走るというこの体験は、文化祭のような高揚感もあり、私のキャリアの中で一つの転機になりました。
あのタイミングでfreeeに入社していなければ、IPOに関わることもなかったので、ご縁を感じます。
freeeでの業務経験が、その後のキャリアにも影響を与えたのですね。
はい。その後もfreeeに在籍しつつ、副業として他社の監査役を始めました。
スタートアップ企業が監査役として女性の弁護士を探しているというようなお声がけをいただいたのですが、freeeが上場を終えた後で、私もちょうどIPOやスタートアップ企業に興味を持ち始めた頃だったんです。
当時freeeでは副業が認められており、監査役も一社ならと認めていただけたので、お引き受けしました。
経営陣とのコミュニケーションが面白い。常勤だからこその気づき
五十嵐さんにとって、スタートアップ企業に携わることの魅力は何ですか。
スタートアップというのは成長段階にあるので、まだ内部統制などが出来上がっていない会社が多く、そこに自分が関与して一緒に作っていくところに面白さがあると思います。私の監査役としてのキャリアはまだまだ浅いのですが、そんな自分も一緒に成長していけるところや、とはいえ経営会議や取締役会にも出席して、経営にダイレクトに影響力を与えられるという部分に、責任はありつつもやりがいを感じています。
また、若い会社であればあるほど、「ここってどうしたらいいですか?」といろいろな面で頼っていただけるので、それも嬉しいです。
大企業であれば監査役の範疇ではないところも、線を引かずに引き受けて、解決できるように一緒に考えていけるという部分で、やりがいが大きいのかなと思います。
会社を選ぶ際に、事業内容は考慮されますか。
はい。監査役に就く会社の事業内容に、私自身が共感できるかどうかも大事だと思っています。
人それぞれだとは思いますが、私は社会貢献性が分かりやすいビジネスに惹かれるところがあります。
CellidはARグラスのディスプレイや空間認識のソフトウェアを開発していますが、社長も若く将来性がある方ですし、新しいものを作って世の中に利便性や新しい体験を提供していくことを、すごくピュアにやりたい人が集まっている会社なんです。
入る前の面談で取締役の方々とお話しさせていただくのですが、ビジョンや将来の展望を語っていただいた際に私も非常に共感し、自分もこの会社を応援したい、一緒に上場したいという気持ちになりました。
数社で非常勤を務めた後、Cellidで初めて常勤監査役に就任されたのですね。
はい。2023年の1月に就任しました
非常勤として数社の経験はあったものの、常勤は初めてでしたので、最初は不安もありました。
非常勤だと、事前に資料を確認し、取締役会と監査役会に出席するという程度の関わり方ですが、常勤は、週次の経営会議にも毎回出席をしますし、稟議も全件閲覧をしていますので、会社の事業や監査役監査の全体像が見えるようになりました。
実際にやってみると、非常勤の時には気づけなかったことに気づけることが多くありましたし、常勤として日常的に会社に行くと、色々なことを相談していただけたり、自分から聞きに行ったりと、コミュニケーションの取り方も大きく違います。
日々、新たな気づきがあって勉強になります。
常勤監査役になられた後は、どのように経営陣に接していらっしゃるのでしょうか。
やはり監査役としての目線で見ると、内部統制の構築というところが最重要課題で、経営に直結する課題でもあるので、そこに対する意識を持っていただけるように働きかけています。
具体的には、経営陣とマネージャークラスの方々から定期的にヒアリングしたり、会社に対しての課題意識を聞いたりしています。
私は人事のバックグラウンドがあるので、組織の課題などをよく聞いたりするのですが、例えば離職のリスクなどに気付いた場合には、その原因をさらにあぶり出すための組織診断を提案したり、原因は分かっていながらも対策が上手く機能していない場合には、別の改善案を提案したりという感じでしょうか。
まだ若い会社なので、自分の経験に基づいてある程度気軽に提案することができますし、積極的に提案した方が喜んでいただけるようにも思います。
五十嵐さんはほかにも非常勤監査役を担当されている会社がありますが、そちらとの相乗効果というのはありますか。
複数の会社を担当することの相乗効果は、非常に感じています。
各社の論点や聞かれることはどこも共通しているので、知見を積めば積むほど、経験を活かせるだろうと思います。最近は、論点となりやすい項目についてのこれまでの知見をまとめた論点一覧表のようなものを作って整理しておこうと考えているくらいです。私はまだ監査役としての経験が浅いので、他の監査役のコメントなども参考にして、常に知識をアップデートするようにしていますが、そういった積み重ねも、日々勉強になって面白いですね。
例えば人材系の論点でいえば、IPO後の従業員に対するモチベーションのアップやリテンションのための施策をどうしていますか? といったことを聞かれることがよくあります。
そういう時に、これまで関与してきた他社の事例や経験がものを言うところもあるので、この先10年後、20年後には今自分が考え得る回答とはまた全然違う回答ができるようになっていると思います。
子育て時期の過ごし方と弁護士出身監査役のこれから
ご家庭との両立といった面ではいかがでしょうか。
私には2人の子どもがいますが、Cellidの常勤監査役に就任したのは、2人目の子を出産した2か月半後でした。会社側にもご理解をいただき、最初の2か月は非常勤からスタートし、リモート中心で取締役会などの会議に出席していました。
子どもがいるからといって仕事に妥協はしたくないのですが、同時に、家庭や育児にもきちんと時間を割きたいと考えています。取締役会や監査役会などの押さえておくべき日程は早い段階で決まっていますので、スケジュールが立てやすいところは助かっています。
常勤監査役は、あらかじめ決まっている定例のミーティング以外はある程度時間の融通を利かせやすいので、家庭の用事などとも両立しながら働きやすい仕事だと思っています。
弁護士としての知識や経験は、監査役にはどのように活きるとお考えですか。
「法律の知識があります」というだけでは活かしきるのが難しいように思います。
弁護士としての知識や経験を活かせるのは、経営や会計に関する幅広い知識があってこそではないでしょうか。法律的なところが論点に上がることもありますが、あくまで重点は事業にあって、法律はそれに付随するものであることが多いので、やはり幅広い知識と経験をもとにアンテナを張っておくということが重要だと思います。
これは会計士の監査役の方ともよく話すのですが、身に付けている専門性や知識は、リスクの可能性に気付けるアンテナという程度にしかなりません。そこに頼らずに、常に新しいことやその都度必要になったことを勉強していかなければなりませんし、それを楽しめるタイプの人だと、会計士・弁護士などの士業としての知識や経験を活かすというところにたどり着けるのかもしれません。
今後、どのようにお仕事をしていきたいと考えていらっしゃいますか。
やはり、情報というのは常に新しいものが求められるので、この仕事を継続して自分をアップデートし続けていきたいです。続けていないと、コメントを求められてもどんどん陳腐化していってしまうと思うので。
そして、多くの会社さんと関わっていきたいですが、一気に数を増やせるものでもないので、年数を積み重ねていくことも大事ですし、広くアンテナを張るためにいろいろな経験をしたいですね。
今後、五十嵐さんのように常勤監査役を目指す方々にメッセージをお願いします。
監査役というは、自分の専門性に限らず、経営に関わる様々な事柄や論点に触れることができる、非常に面白い仕事です。
自分にはまだまだ足りないところがあると心配するよりも、早く飛び込んでみる方がいいのかなと思います。
私自身も、法律がバックグラウンドで常勤監査役が務まるのかという不安がありました。
やはり会計監査が中心なのでは? と思っていたのですが、実際にやってみると自分の専門性に頼りすぎることなく必要なことは都度勉強したり、その専門性を持つ人に任せたりすることで務まるものだと分かってきました。
今年、2人目の監査役(非常勤)を募集した際も、会計士の方をリクエストして入っていただきました。このように、自分にないバックグランドは他の方で補ってもらうことも重要なことだと思います。といいながら、私も今後のキャリアのためには会計士の資格を取りたいと考えており、少しずつ勉強しているんです。
今はまだ子ども達も小さいので、隙間時間で進めているのですが、もう少し大きくなったらまとまった時間を取って資格を取りたいですね。