【GROWTH VERSE 金山常勤監査役
インタビュー】
社労士×常勤監査役の妙
-組織の拡大フェーズを学び、最先端スタートアップの「頼れるガードレール」に
株式会社GROWTH VERSE
常勤監査役 金山 杏佑子
スタートアップの労務支援に注力し、数多くの創業期支援やアクセラレーションプログラムのメンターを務めてこられた金山さん。
組織の拡大フェーズにおける課題を学び、さらなる支援の引き出しを増やすため、自らの「修行」として常勤監査役の道へ。
社労士とスタートアップの相性の良さや、最先端事業に取り組む会社での監査役としてのアプローチの面白さについてお話しくださいました。
最終更新日 2026.6.24
※役職はインタビュー実施日現在のものです。
メガバンクから社労士として独立を選んだ理由
大学卒業後はメガバンクに入行されたそうですね。
三井住友銀行に入行しました。神保町の法人営業部に所属し、中小企業を対象に新規営業や与信管理など、いわゆる「攻め」と「守り」の両方に携わらせていただきました。
当時は市況が厳しく、返済のリスケジュールのご相談も多かったのですが、機械的に回収へ動けば、立て直せるはずの会社まで行き詰まってしまいます。
だからこそ、その会社が本当に再建できるのかを経営者の方と一緒に見極め、支援を続ける意味を行内にきちんと説明する——そんなやり取りを地道に重ねていました。
中小企業の現場や、経営者の困りごとを間近で見てこられたのですね。今のお仕事にもつながるところがありそうです。
銀行にいたのは3年弱なので、融資業務に完璧に精通したとまでは言えませんが、今の監査役の仕事に役立っていることが2つあります。
1つは、基礎叩き込みのおかげで、決算書や数字の基礎が読めることです。
私のバックグラウンドは法務や労務なので、会計士出身の監査役に比べると数字側がやや弱いと思われがちですが、銀行員時代の基礎があるおかげで、実務において数字を読み解く土台となっています。もう1つは、当時の上司から言われた「キーマンに当たれ」という言葉です。
新卒の駆け出し社員だと、つい小切手や手形を切ってくれる経理事務の方のところばかりに行って、当たり障りのない話をして帰ってきてしまいがちです。
でも上司から「それだけでは価値を生み出せない」と厳しく言われました。
必要な情報を押さえるために、本当にアプローチすべき人に会いに行くという姿勢は、今の監査業務でも強く意識しています。
その後、弁護士事務所へ転職されていますね。どういったきっかけだったのでしょうか。
実は私は体質的に朝が非常に弱く、高校を中退しているんです。
大検を受けて大学の法学部に入ったのですが、銀行は高校よりも始業が早くて。
毎朝7時半に出社しなければならない環境が体質的にどうしても厳しかった、というのが転職の正直な理由の一つです。
また、大学が法学部だったこともあり、いずれは法律の知識を武器に独立したいという思いもありました。
そこで、高校を辞めたときにお世話になった恩師にご紹介いただき、弁護士事務所へ移ることにしました。
そちらの弁護士事務所に勤務しながら社労士の資格を取得されたのですね。なぜ社労士を選ばれたのですか。
弁護士事務所にいたので、できれば弁護士資格を取ってリーガル領域で独立するのが理想でした。
ただ、20代半ばでそこから何年も法律の勉強をし直すとなると、先がかなり長いなと。
色々とキャリアを模索する中で、自分自身が「朝起きられない」という働きづらさを抱えていたこともあり、世の中の「人事労務」や「働き方」そのものへの関心が強くなっていきました。
当時はまだ今ほどフレックスタイム制なども普及していなかった時代です。
体質なども含む様々な特性・事情を持つ人たちが柔軟に働ける環境や、組織のあり方を支える仕事がしたいと考え、社労士という資格を選んで独立を目指しました。
社労士×スタートアップの相性の良さ
金山さんは、スタートアップ支援に特化してキャリアを築かれています。なぜあえて「スタートアップ」なのですか。
きっかけは、友人のベンチャーキャピタリストから「スタートアップは労務管理の課題が山積みだけど、相談できる社労士が少ない」と聞いたことでした。
スタートアップ独特の猛烈なスピード感や、SlackなどのITツールの活用、急激な組織拡大のフェーズに対応できる社労士が当時はまだ少なかったんです。
そんな背景があり、「まだ担い手が少ないからこそ、自分が役に立てる領域だ。ぜひやってみたい」と考えました。
最初は、様々なアクセラレーションプログラム(創業期支援プログラム)に「労務のメンターや社労士が必要ですよね」と自分で直接営業に行き、仕事を獲得していきました。
誰も目をつけていなかった領域に自ら切り込んでいかれたのですね。現在の常勤監査役にも親和性があるように思います。
創業期のスタートアップを外から支援しているうちに、会社がどんどん大きくなっていくわけですが、私自身には「組織が大きくなった先の中のリアル」を体感したことがないという課題感がありました。
ちょうど今のGROWTH VERSEのような、グロースフェーズにある組織の内部で、一体何が起きているのかを知りたかったんです。ある種、修行が必要な状況でした。
成長した先のフェーズで起きる労務問題や組織課題の実際を知ることができれば、創業期のうちに先回りした支援や、入り口での的確なアドバイスが可能になります。
そう考えて一度自分の事務所を大きくする足を止め、1社の常勤監査役として上場準備のプロジェクトに参画しました。
そちらで初めて常勤監査役を経験した後、ご縁があって現在のGROWTH VERSEに転職しました。
正論だけで現場は動かない。自発的な是正を引き出すサポートとは
会計士や弁護士出身の監査役に比べ、社労士出身の常勤監査役はまだ珍しい印象があります。実際にやってみて、「社労士」と「常勤監査役」の相性はいかがですか。
社労士×常勤監査役は非常に相性がいいと思っています。
例えば、日々の勤怠データを見るだけで、組織が今ヘルシーな状態かどうかをある程度チェックできますし、就業規則や社内規定の策定、それをどう承認していくかという承認権限の設計(職務権限規程など)は、まさに内部統制や内部監査の領域そのものです。
社労士は日頃から給与計算や社会保険の手続きを通じて、現場の実務オペレーションの手触り感を持っています。
非常勤の監査役だとそこまで細かい日常のオペレーションを見るのは難しいですが、常勤として社内に入り込み、現場のオペレーションとガバナンスをバランスよく結びつける役割を果たせる点で、社労士の資質は大きな武器になっていると感じます。
なるほど、現場のリアルな動きがわかる監査役ということですね。逆に、常勤監査役になってみて想像と違ったことなどありましたか。
転職したての頃、あるビジネス書で「馬鹿な質問ができるのはよそ者だけだ。フレッシュな視点で組織の歪みを指摘せよ」という内容を読み、それを真に受けすぎてしまった時期がありました。
新鮮な目を持っているうちに早いタイミングで言おうと意識しすぎて、既に社内で回っているルールに対して「こうあるべきでは」という正論のみを指摘してしまったんです。
今振り返ると、あれは良くなかったと反省しています。
正しいことをそのまま伝えるだけでは、現場は動かないということでしょうか。
そうなんです。社労士として外部のコンサルタントの立場で関わるときは、「ここが法律違反なので、優先順位を上げてすぐに是正してください」と端的に伝えるだけで良かったかもしれません。
しかし、常勤として組織の中にいる以上、教科書的な正論をただ振りかざすのは監査役のエゴだと気づきました。
現場のメンバーは、その課題について何倍も頭を悩ませ、リソースがない中で必死に戦っているわけですから。
正論だからと必要性も見極めずに指摘すると、経営や現場のブレーキにしかなりませんし、最悪の場合は現場から嫌われて情報が入ってこなくなってしまいます。
だからこそ、一方的に口を出すのではなく、現場が「確かにこれはやらなきゃいけないな」と自発的に整えていけるよう、そっと後ろからサポートする。
そんな忍耐強さとバランス感覚が、常勤監査役には求められるのだと実感しています。
日本の労働基準法とスタートアップの働き方の「ズレ」をどう埋めるか
日本の労働基準法(以下、労基法)は現代のスタートアップの働き方に合わないという話を耳にします。具体的にどういった点に難しさがありますか。
大きく分けると「労働時間の管理」と「解雇規制」の2つが、スタートアップと日本の労基法の相性の悪さとして挙げられます。
日本の労基法は、原則として「一斉に休憩を取得する」「時間で労働を測り、超えた分は残業代を支払う」という工場労働モデルがベースです。
しかし、スタートアップで新規事業やクリエイティブなプロジェクトを立ち上げる際、毎日決まった時間に出退勤する働き方では、新しい価値を生み出すのが難しい局面もあります。
また解雇規制の面でいうと、日本の法律はメンバーシップ型の終身雇用を前提としていますが、スタートアップは事業が急拡大することもあれば、ピボット(事業転換)して縮小することもあるため、大前提のズレが生じやすいのです。
そうした法律と実態の「ズレ」がある中で、ガバナンスを守りつつスタートアップのスピード感を保つために、どうアプローチすべきなのでしょうか。
経営者自身のリスク感覚や法律への意識によっても、助言の仕方は変わります。
そもそも労基法を守る気がさらさらなくて、残業代も払いたくないようなアグレッシブすぎる経営者であれば、こちらがかなり強固にブレーキをかけに行かないと会社が致命傷を負ってしまいます。
一方で、逆に経営陣がリスクを恐れて弱気になりすぎると、期間限定の採用ばかりになって人が集まらず、事業が成長しなくなってしまいます。前提として、法律で守るべき一線そのものは動かしません。動かすのは、その一線をどう、どのくらいのスピードで満たしてもらうか、という手段の設計のほうです。だからこそ、経営者がどんな性格で、どのくらいのリスクを取りたがる人なのか。
これは外部の社労士として距離がある状態ではなかなか見極められません。
常勤監査役として日々近くでコミュニケーションを取っているからこそ、「この経営者はここでアクセルを踏みすぎる傾向があるから、今回はしっかりガードレールを置いておこう」といった、相手の思考性に合わせたオーダーメイドのアドバイスができるようになります。
ここに、常勤であることへの手応えと面白みを感じています。
AIエージェントとM&Aで急成長するGROWTH VERSEでの挑戦と面白さ
現在、金山さんが常勤監査役を務められているGROWTH VERSEは、非常に勢いのあるスタートアップですね。この会社への参画を決めた理由は何だったのですか。
GROWTH VERSEには二人の共同代表がいます。南野さんが大きなビジョンを描いて新しいことをどんどん仕掛け、渡部さんがセールスや実務面を固める。
この二人がお互いの専門領域に対して深いリスペクトを持っていること、そのバランスがもの凄く良いと感じたことが、参画を決めた最大の理由です。
そこにCFOが加わり、経営陣が相互に尊重しながら健全に意思決定できている。
この経営陣であれば、リスク管理の重要性も正しく理解し、健全に会社を大きくしていけるだろうと確信しました。
GROWTH VERSEは最先端のAIビジネスを展開していますが、監査役としての難しさや面白さはどういった部分にありますか。
GROWTH VERSEの方針として、新しいテクノロジーを活用しつつ、M&Aによってどんどん会社全体の価値を上げていく戦略をとっています。
AIのようなルールがまだ未整備の最先端領域に「上に広げていく動き」と、M&Aをした子会社の業務の細部まで理解して改善していく「下に深掘りしていく動き」。
このベクトルの異なる両方のガバナンスを監査計画に組み込んでいく必要があり、とにかく毎日が刺激的です。
また、M&Aも1件目より2件目、3件目と回数を重ねるごとに、社内のプロセスがどんどん「型化」されていきます。
会社が急成長するダイナミズムに合わせて、ガバナンスの体制も一緒にアップデートしていく。
常に同じことの繰り返しがないので、変化のある環境の方が得意な私にはとても向いているなと思います。
前例のない最先端事業ならではの難しさがあるのではないですか。
法律やルールが追いついていない新しい領域だからこそ、監査役が「先回りして正解を教える」のは不可能です。
そこは経営陣の意思決定を尊重し、彼らがどこに進もうとしているのかをキャッチアップし続けるしかありません。
その上で、過去の他社事例や失敗パターンから「この進み方だと、こういうリスクが懸念されます」と材料を持ってきてぶつける。
手放しで無責任になってもいけないし、かといって「前例がないからダメ」と過剰に縛ってもいけない。
ここが難しいですが、正解がないからこそ日々トライ&エラーを繰り返しながら、経営陣と一緒に検証を続けています。
先ほど、常勤監査役の仕事を修行とおっしゃっていました。今後ご自身のキャリアにおいて新しく挑戦したい「修行」はありますか。
今は、この会社で監査役という役割そのものを深め、組織の成長に腰を据えて伴走すること自体が、私にとって一番の挑戦であり学びだと思っています。
その上で、監査役の業界ではよく「若いうちに一度、執行側(コーポレートの責任者や事業開発など)で責任を持って組織を組み立てる経験をしておいた方が、監査の説得力が増す」と言われます。
もし今後、監査役としての能力をさらに高めるために必要だと感じる場面が来れば、執行側に移って泥水をすするような修行も経験したいと思っています。
最後に、今後常勤監査役を目指す読者に向けて、メッセージをお願いします。
昨今はスタートアップの不正やガバナンス欠如がクローズアップされることも多く、監査役に就任するリスクや責任は以前よりも意識されているように思います。
ですから、「すごく楽しいから全員やった方がいいよ」と手放しでお勧めするような仕事ではないかもしれません。
また、常勤監査役は執行側ではないので、会社の「主役」ではありません。自分が組織の成長のメインストリームにいたいという方にとっては、時に寂しさを感じる立ち位置だと思います。ですが、経営のすぐ側で、組織や事業が急成長していくダイナミズムを特等席で見届けられる、これ以上に面白く、学びの多い仕事は他にありません。
自分自身が主役になるのではなく、会社の成長に合わせて自分もプロとして成長し、組織が道を外さないための「頼れるガードレール」になりたい。
そんな風に、一歩引いた視点から組織の成長を支えることに喜びを感じられる方であれば、きっとこの常勤監査役というキャリアを心の底から楽しめるはずです。
取材・文: 大場 安希子
写真: 田中 有子